2020
06.01

扉の中のトリニティ

Category: 小説

 扉

 時計は、静かで凍りついたような空間に、大きく、振動を響かせていた。

 午後一時。

 窓のない部屋は、壁の時計と、白い電灯に照らされた三人の、小さな呼吸の音だけを、密やかに閉じ込めていた。

 三人はそれぞれ、赤、白、黒のシンプルなワンピースに身を包み、狭い部屋の中央に置かれた、木でできた丸い机に、向き合って座っていた。

 アイドルのような整った顔立ちに、セミロングの黒髪。三人は似たような白い顔に、何の表情も浮かべず、ただじっと、前だけを見つめている。

 赤いワンピースの少女が、瞬きもせず、心の中でこう言った。

(もう一時。お腹すいちゃった……)

 白いワンピースの少女も、身動きもせず、心の中でこう言った。

(アカは、本当に食いしん坊ね……)

 黒いワンピースの少女は、静止したまま、心の中でこう言った。

(シロだって、昨日おかわりしてたじゃない……)

(だって、昨日のシチュー、とてもおいしかった……)

 シロが心の中で言う。

 三人は口には出さず、心で会話をすることができる。

 サイキッカー。テレパシーを持つ、超能力者たちだった。

 茶色い扉がノックされ、三人は扉へ、同時に顔だけを向けた。

 扉が開いて、優しい顔のおばあさんが現れ、彼女たちに声をかけた。

「いらっしゃい、ご飯ができたわよ。さあ、手を洗ってね」



 レースのカーテンが揺れる窓から、柔らかい風と、暖かい日差しが入り込む。

 洗面所で手洗いをすませた三人は、お行儀よく食卓の席についた。

 食卓の真ん中に、花瓶と花が飾られている。その下には、レース編みのクロスが敷かれ、可憐な雰囲気を演出している。

 木の手すりの階段から、ゆっくりとした足取りで、おじいさんが下りてきた。

 おじいさんは自分の研究が忙しいため、夜は遅く、朝も遅い。三人と顔を合わせるのは、いつも昼食時だった。

「おはよう、少女たち。今朝は、どんな調子かね?」

「別に、いつもと変わりません」

 とアカが、口に出しておじいさんに言うと、クロもそのあとを続けて言った。

「そう。世界はまだ終わらないし」

 おじいさんは目を細めて、ふっくらとした頬を上げ、明るく笑った。

「そうかい? そりゃ、よかった。ハハハ……」

「つまりね」

 とシロが、おじいさんを見上げて言った。

「私たちがここにいる限り、世界は終わらないよ」

「私たちが終わらせるんだから」と、クロ。アカも、「いつでもできる」と言った。

 おじいさんは席につき、相変わらず朗らかな顔を、少女たちに向けていた。

 台所からおばあさんが来て、食事を机に運び終えると、全員は両手を合わせ、いただきますをし、それぞれ好きに食べ始めた。

(スープは甘い……)(カボチャのスープ)(パンはバターたっぷりめ)

 少女たちは心で会話する。その声は三人だけにしか聞こえなかった。

(もっと欲しいな……)(ミルクを取ってよ)(分かった)

 シロが透明の瓶に入ったミルクに、視線を寄せた。

 ミルクは瓶と一緒に浮き上がり、クロのコップの上までくると、傾いて注がれた。それからまた、手も使わずに机に置かれた。

(ありがとう、シロ)(任せなさい)(見て、誰か来る!)

 突然、アカが立ち上がって窓を見た。シロとクロも窓を見る。風が少女たちの髪をなびかせた。

「どうしたんじゃ? いや、もう着いたのかね」

 おじいさんは、立ち上がったアカのそばに立つと、同じように外を見た。

 背の高い青年が、白衣を風に膨らませながら、家までの道を歩いて来ていた。手に、大きなトランクをさげている。

 青年は白い柵を片手で開けると、庭へ入った。地植えされていた、さまざまな花たちが、彼の通ったあとに揺れた。

 おじいさんは玄関ドアを開け、「ようこそ、西宮くん」と言って、青年を招いた。

 少女たちは階段の近くのすみっこに、逃げるようにして立った。それを見たおばあさんは、

「まあまあ、怖がることはないのよ。大丈夫。あの人は、助手の西宮さん。おじいさんと同じ、超能力を研究している人なのよ」

 と、優しい声で説明してくれた。

「こっちへ来て、お座りなさいな」

 おばあさんが手招いたが、三人は身を固くして玄関ドアを見つめていた。

「それじゃあ、定期船はついに、廃止になってしまったのかね?」

「ええ、そのようです。僕は本土のボートを借りて、一人で来ました。船舶免許を持っていたから、よかったものの……。教授、きっともう、この孤島では、生活してゆけないと思うのですが」

「うむ……。物資の調達も、食料のこともあるわけじゃしな……」

 おじいさんは助手の西宮と、玄関で立ったまま話をしていたが、ふと振り返って、おばあさんを見た。おばあさんは三人の少女たちを、心配そうな目で見ている。「おお」と、おじいさんはひとこと言って、西宮の手を取り、食卓に連れてきて、椅子に座らせた。大きなトランクは、足もとに寝かせた。

「初めまして、西宮です。一週間ほど、お世話になります」

 西宮は座ったまま、彼女たちにお辞儀した。

「アカ、シロ、クロのお嬢さん方。外の世界がどうなっているか、話を聞きたくありませんか?」

「部屋に帰りたいの」

 アカがおばあさんに向かって言った。「私も」、「私も」と、シロとクロも、おばあさんを見つめて言った。

 西宮は声には出さずに、少しだけ笑った。

 おばあさんが頷くと、三人は素早く駆けて行った。茶色い扉を開けると、滑り込むようにして入り、大きな音を立てて閉めた。

 冷えたような静寂がまた、彼女たち三人を包み込んだ。



(あの人の心を読んだ、アカ?)

(うん。外から来たって言ったでしょ。おじいさんやおばあさんたちとは違う。私たちとも)

(私たちが、ここへ集まる前にいた、表の世界の人間よ。汚い多くの大人と同じよ)

(やっぱり……。まだ世界は変わらないんだね。おじいさんも、もうこの島には住めないかもって思ってる。きっと私たちも、またあの世界に戻されちゃうんだ……)

 彼女たちは彼女たちにしか分からない心の声で、長い間、話し合った。

 椅子に座り、向き合って、きっちりと閉ざされた扉の中で。

(嫌よ、絶対に。もうあんな辛い思いはしたくないもの。優しい人でも、本心は別。私たちには分かるもの)

(確かめに行こう)

 と、シロ。アカとクロは(……)と、何も反論しなかった。

(大丈夫よ、アカ、クロ。心配しないで。私に任せて)



 おじいさんと西宮は、夕方になっても食卓の席にいた。

 机の上にトランクが開かれ、中にはたくさんの錠剤や、瓶詰めされた薬品が、資料と一緒に収まっていた。

「彼女たちはまだ十代じゃが、お互いの存在を、生まれた時から感づいていたそうじゃ」

 西宮はおじいさんの話に耳を傾け、でも目はずっと、茶色い扉のほうを見ていた。

「わしら夫婦の、この孤島の家を見つけてくれたのも、彼女たちのほうからじゃった。わしが超能力を研究していたのが、どこかできっと、分かったんじゃな」

「彼女たちは、なぜここに来たのですか?」

「超能力の存在を、教えるため……そして……」

 西宮の問いかけに、おじいさんはうまく答えられなかったが、自分の考えを、そっと語った。

「異種に対する、偏見や……好奇の目から、逃れるために……。でなければ、こんな世界は終わらせる、と……」

 終わらせる、と西宮は、おじいさんの言葉を繰り返した。

「彼女たちの能力を、この薬で消し去ることができるなら……彼女たち自身も、そういった迫害から、離れられると思うのですが」

 西宮は茶色い扉から、おじいさんへと視線を移した。おじいさんは窓からの夕日に、少しだけ顔を赤らめて、こう声にした。

「最初はわしも、そのつもりで、西宮くんに来てもらったんじゃ。しかし彼女たちのほうは、それを望んでおるかのう?」



 翌日の午後、時計が三時になった時、部屋の扉も、外から三回、ノックがされた。

 三人が顔を向けると、おばあさんが微笑みながら、「おやつの時間よ」と、彼女たちを誘い出した。

 食卓にはすでに西宮がいて、長い足を組んで、紅茶を飲んでいるところだった。アカとクロは、シロのほうに顔を向けた。シロは一度だけ頷くと、

「西宮さん。外の世界のお話、聞かせて」

 と、西宮の隣の席に、腰を下ろした。西宮はカップを皿に置き、頬杖をつきながらシロを見た。

「喋らなくてもいい。そのことを考えてみて。私たちには分かるから」

 アカとクロも席に座った。西宮は、少し照れたように笑いながら、片手で自分の両目を隠し、

「心を読むなんて、なんてデリカシーのないお嬢さん方だ」

 と呟いてから、三人を交互に見つつ、話し始めた。

「いろんな人がいるよ。価値観も違う。だけど自分が正しいと、常に思い込んでるんだ。そしてこの世界を、自分の思うように動かしたいと、いつも思っている。それだから、喧嘩が絶えないんだろうね……。考え方は違っても、他者を認めることができれば、共存してゆける世界になるんだ。もう少しだよ。きっと、平和な世の中がくるって……」

「思ってないでしょ?」

 クロが口を挟んで言った。シロはクロを見て、クロはぱっと顔をそむけた。場を和ませようと、アカが明るい声で言う。

「あーあ、お腹すいたな。おやつまだかなー」

「ちょっと待ってねー」と、台所のほうから、おばあさんの声がした。「今、持って行きますからね」と。

「……半信半疑さ」、と西宮は小声で続けた。

「だからといって、世界を終わらせてもらっちゃ困る」

「偽りの世界なんていらない。みんなのためにも、ならないんだから」

 クロは西宮のほうも見ずに、ぽつりと言った。

 こんがり焼けたクッキーが、甘い匂いと一緒に食卓に運ばれた瞬間、アカはそれをつまみ上げて、口に運んだ。西宮が目だけを動かせて、アカを観察していた。隣で西宮を見ていたシロが、アカに「止まって」と言ったが、もう遅かった。

 アカはクッキーを飲み込んでしまってから、自分が薬を飲まされたことを知った。西宮のアイデアで、クッキーに練り込まれた薬は、能力を封じる効果のものだったのだ。

「行って」とアカは、シロに言った。「もうおしまいだわ。あとは頼んだわよ、シロ」

 シロは白いワンピースをはためかせ、外へ出た。庭の草花を蹴散らして、海へと続く浜へ来た。

 ボートが波に揺れていた。シロがボートに乗って念を送ると、それは簡単に動き始めた。

「シロー!」と叫ぶ、おばあさんの声が、孤島の家から聞こえた気がした。



 二人は狭い部屋の中で、椅子に座って、無表情のまま宙を見ていた。

 クロがアカに、何か、心で話しかけようとしているみたいだったが、アカにはもう、感じ取ることができなかった。

 クロは声に出して、アカに言った。

「シロは……私たちに、外の世界がどうなってるか、ちゃんと教えてくれるかな?」

「シロを信じてる」

 アカは小さな声で言った。

 あとは時計の音だけが、意味もなく響いているだけだった。



「帰りますね」

 西宮は、玄関先まで見送りにきた老夫婦に、軽い会釈をしながら、お別れを言った。

 今朝、本土に連絡をして、自分が帰るために、小さな船を出してもらっていた。操縦士が一人、西宮が来るのを、浜で待っている時間だ。

 西宮はアカに使った薬以外は、使わなかった。シロの行方も分からなくなって、それ以上、少女たちを裏切ることはしたくない。西宮のトランクは、来た時とほぼ同じ重さを保っていた。

「私も一緒に行く」と、西宮の片手を掴んで、クロが言った。

「自分の目で確かめたいの。世界を……」

「……だそうです。教授、いいんですか?」

 呆気にとられたような、ぽかんとした顔の西宮に聞かれて、おじいさんは、隣のおばあさんと目を見合わせ、

「クロがそう言うのなら、いいじゃろう」

 と答えると、クロを静かな眼差しで見つめた。

 アカはクロのすぐそばまで歩み寄り、囁くように小声で話した。

「連絡、待ってるから」「分かってる。シロも探す。三人で一緒に、見極めるの。この世界が、嘘偽りのない、正しいものであるのかを」「よろしくね、クロ。その時が来たら、私たち……」「そう、私たち、三人の力で……」「世界を……」「世界を……」

 西宮とクロが行ってしまうと、アカは一人、部屋に入った。

 たった一人しかいなくなってしまった、静かな部屋。こんなにもガランとしていただろうか。アカは何だか淋しくて、扉を閉めることはしなかった。

 空いている二脚の椅子を、ぼんやりと眺めながら座っていると、おばあさんがやってきて、アカの手を取り、さすりながら温めてくれた。



 食卓でアカはおばあさんと、食後のデザートを食べていた。今日はゼリー。透き通った、きれいな色の四角い形。

「まあ、風が強いわねえ。窓を閉めましょうか」

 おばあさんは席を立って窓を閉め、よれたレースのカーテンを、手で優しく直し始めた。

 ……何か来る、とアカは感じた。食卓の花瓶を、じっと見つめた。すると次の瞬間、風もないはずなのに、花瓶は向こうがわへと倒れてしまった。まるで、アカの視線を受けたかのように。

 アカは持っていたスプーンを机に放り出すと、急いで立ち上がり、玄関へ向かった。扉を、強い力で押し開く。風が鳴る。

 アカを追って、おばあさんも庭へ出た。アカの黒髪が、吹きつける風に泳いでいた。

 波音が聞こえる。(アカ……)、その波音の間から、懐かしいテレパシーの声がした。

(アカ……力が戻ったのね……)(聞こえてる、アカ……)

 クロの声、それにシロの声もする。アカは心の奥から、熱いエネルギーが満ちてくるのを感じた。

 おばあさんは、アカの体が揺れているのを、不思議に思った。見ると、アカの足先は、地面から少しだけ浮いていた。アカは、その場に浮遊していた。

「おじいさん、アカが、アカが……!」

 玄関から叫ぶおばあさんの声を聞き、おじいさんも駆けつけた。

「その時が来たんじゃよ、おばあさんや」

 おじいさんはおばあさんと手を繋ぎ、だんだんと浮き上がって行く、アカの姿を見守った。

 アカは前を見つめながら、心の中でこう言った。

(今、行くわ……)と。



◆ E N D



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- dot 編集
旅立つもの、待つもの。そして、再会するもの。
人生の岐路に立つとき、人が何を選ぶのかはどう決まるのでしょうか?
アカとクロとシロは、選んだのか、それとも何かに突き動かされたのか。
人生の歯車はもっと大きな計画の単なる一部分なのかも知れませんね。
印象的な物語です。
C33 dot 編集
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