2018
09.30

アパルトマンで見る夢は 8 エクレア

Category: 小説

 テイクアウト

 窓から外の景色を見ていた。

 小鳥が地面を跳ねている。かけるのいない木箱の上を、行ったり来たり。

 暖かな日差しが、眠気を誘う。

 舞花は、目だけを動かして、壁の時計の数字を読んだ。

 午後三時。

 九十度に開いた針を見ただけで、急に甘いものが食べたくなった。

 頭の中に、クッキー、ドーナツ、アイスクリームなど、次から次へと、お菓子の映像が流れてゆく。

 舞花は椅子から立ち上がった。

 窓に顔を近づけて、つま先立ちになり、ちょっとでも高い位置から、遠くの建物を確認してみた。

 赤い瓦屋根の、喫茶店。

 帽子とサングラス、財布を持って、舞花は弾むように部屋を出た。



 赤く見えていた瓦屋根は、近くで見ると、渋いオレンジの色味を帯びていた。

 店先に並ぶ、プランターに植えられた花。その間から見えるガラス窓に、白いスプレーで、「洋菓子店」という文字が、淡くペイントされていた。

 喫茶店だと思っていたが、中にイートインスペースはなく、その店はテイクアウト専門の、小さなケーキ屋さんだった。

 舞花は女性の店員に、一言も声を発することなく、ショーケースの外から素早く商品を選ぶと、指を差して注文した。

「はい、エクレアですね。今日は暖かいので、保冷剤を入れておきますね。お早目にお召し上がりください」

 店員はそう言いながら、包装されたエクレアを、ビニール袋へ、四角い保冷剤と一緒に入れた。

 舞花の差し出したお金を受け取り、「ありがとうございました。またお越しください」と言って、にっこり微笑む。

 舞花はビニール袋を手に、ガラスドアを開けて外へ出た。

 若い女の子たちが二人、店の前に自転車を停めていた。舞花が側を通り過ぎると、彼女たちの囁き合う声が、後ろで聞こえた。

「えっ、今の似てたよね……?」

「まさか、こんなとこにいるわけないじゃん」

「そっかー。っていうかマイカ、最近テレビで見ないよね……」

「ねえ、今日何食べる?」

 笑い声を上げながら、二人は店の中へと入って行った。



 白線の上を歩きながら、舞花は小さく口笛を吹いた。すっかり覚えた、あのメロディ。終わりまでくると、また始めから。

 人の少ない、午後の街。

 舞花はこの街に暮らしている自分を、想像してみた。

 それはとても、穏やかな毎日。だけど少しだけ……退屈な日々。

 白線が十字路で途切れ、舞花はその場で立ち止まった。

 前方に見えていたバス停に、青色のバスが来て停車した。ドアを開けて、アイドリングしている。誰も降りず、乗りもしなかった。またドアが閉まり、行ってしまう。

 舞花はずっと立っていた。ある思いが、胸の奥でうずいていた。

 それは、今すぐバスに乗って、あの輝かしい世界へ帰りたい、という思いだった。

 バスが見えなくなっても、舞花はそこから動けなかった。

 手に下げていた袋の中の、保冷剤の冷たさが、舞花の太ももに、スカートの上から伝わってきた。

 エクレアが溶けてしまう。上にかけられている甘いチョコレートが、ドロドロになって、袋の中で汚れてしまう。

 そんなイメージを見た。

 舞花はまた歩き出した。十字路を横断して、再び白線の上を歩き始める。

 口笛は気持ちに反して、静かに、伸びやかに、ただ美しい音色を繰り返した。



目次 / 次へ → アパルトマンで見る夢は 9 手紙



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コメント
早くも折り返し地点ですね!
人生にはタイムアウトが必要な時って
あると思います。
ある漫画で人生脱線中の登場人物が
「その頻度と内容によっては、
人生の方向性自体が間違っていることもある」
と言われて二の句が継げなかったのを
思い出しました……

期せずして、舞花さんのような状況が訪れると
私は途方に暮れる質なので、
エンジョイしてる彼女が正直羨ましいです。
後半も毎日楽しみにしています!
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