
メルは町なかを駆けていた。
楽しげな笑い声の間をすり抜けて、来た道を戻って行った。
ロイに、手紙を渡してくるので、あのベンチで待つよう言ったが、おそらく待ってはいないだろう。
あのあとすぐに、小学校のほうへ行く、と言って聞かなかった。
畑を壊すつもりだろう。この町のために、ロイは証拠を消そうとしているのだ。
メルは役場前の広場に着いた。
上下に動きながら、回り続けるメリーゴーランド。移動式遊園地。
その費用を出したのは、他ならぬ町長だ。
この町のため、ロイも町長も、自分の身を尽くしている。
それぞれ違うやり方で。
メルは辺りを見回した。
メリーゴーランドの近くに、メルの父はもういない。
けれど役場の前にはまだ、町長の姿が見えた。
町の人々と談笑している。
メルの足がそっと近づく。
何も言わずに、手紙を町長に差し出した。
町長の顔から笑いが消える。
封筒を開くと、花びらが一枚、その足もとにひらり、と落ちた。
町長はメルの顔を見る。
「僕はロイの友達です」
とメルは言った。
「お願いです。彼を助けてあげてください」
その眼差しに、嘘をついている欠片もなかった。
「この島にロイはいるのか?」
「今、畑のほうへ行きました」
町長は封筒をしわくちゃに握りしめ、人々を押し退けて駆け出した。
「花に近づいちゃいかん!」
町長は心の底から叫びながら、絡みそうになる足を、一生懸命、動かした。
走り去る背中を見送って、メルは、その場で目を閉じた。
もう……大丈夫だ。
ロイ、きみの信じたように、まだ父親は、息子を想う。
僕には、手紙を届けることしか、他には何もできないけれど、互いに心を通じ合わせることに繋がるのなら、これ以上のやりがいはない。
開いたメルの目の中に、ライトアップされた町並みが映った。
幻なんかじゃない。
ちゃんとこうして、ここにある。
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