2017
12.16

月のライン 3-2

Category: 小説


 町役場の一番奥、ふだん観光客も通らない、細い通路を使って、町長はやってきた。

 応接間だった。

 アンティークな革張りの椅子に座り、すでにマリが待っていた。

 手前の机に、膨らみのあるスカーフが乗せられている。

「町長、聞いてください」

 マリの低い声がいつもと違う。

 町長は入ってきたドアの取っ手を引き寄せた。

 腕時計を見る。深夜1時過ぎ。

 夜勤をしている職員たちには、週に一度のこの時間、昔なじみと話に花を咲かせるから、邪魔はしないように、と言ってある。

 職員たちも、その友達が日中は客商売をしているマリであることを、よく認識している。

 ともに時間の取れない2人は、こんな夜中に会うしかないのだ。

「どうした、花の質でも落ちたかね」

「いえ、そうじゃありません。じつは先ほど、畑で男に会いました」

 町長は神妙な面持ちで、マリの話を聞いていた。

 頭の中で、映像となって打ち寄せる。

 マリはいつものように、ホテルを忍び出て、小学校のほうへ向かった。

 週末の観光客の入りは多い。

 顔なじみに見られても、散歩をしていたと言えばいい。

 もしも誰か、跡をつける者がいたとしても、この群衆の中で見失わないのは、プロの筋の者だけだ。

 そしてマリは校舎の裏に回って行った。

 さすがにこの辺りには、誰もいない。

 ここに畑を作ることは、町長の計画通り、上手くいっていた。

 校舎は少し高台に建っており、裏の畑は陰になる。

 また昼間通う小学生たちには、その価値は分からない。

 まともな道を歩む公務員の教師たちにも、その花がどんな意味のあるものか、認識できないはずだった。

 町長も、学校視察に何度か来たが、畑のすぐ向こうは、切り立った崖となり、子供たちにも近づかないよう、指導しているということだ。

 それがその時、誰か来た。

 マリが水やりをしていたときだ。

 暗がりでよく見えなかったが、背中に大きなバックパックを背負った男だった。

「モンフルールのマリだな。俺はデラの使いの者だ」

 男はびっくりしているマリに、告げた。

「うちの組織のバカどもが、何人か捕まったのは知ってるだろう。だがデラ様は、この場所のこと、そして花の流通の元を、誰にも知らせていない。よってこの計画は、続行となっていた。だが、今回でそれも最後だ。次に花が運ばれたのを確認ののち、デラ計画の指令を出す」

「今回で最後なんですか?」

「そうだ。今すぐお前は、指定分の本数を届けろ。今すぐにだ」

「分かりました」

 そして男は去って行った。

 デラ、という名を知らない人間が、口にするような話ではない。

 マリは急いで花を切り、首に巻いていたスカーフでくるんだ。

 そして現在、ここにいたる。

 町長は言った。

「すぐ、と言っていたのか。しかしながら、出港は9時過ぎだ。それまでには手配しておこう。セドに、電話しておかなければ」

 町長はポケットから取り出した電話に向けて、短く喋った。

「ああ、セドか。すまんな、寝ているところ。明日の朝、一番の船で、本土に送ってもらいたい。それじゃあ。リボンを忘れるなよ」

 電話を切ったあと、町長は「これで最後か」と言って、机の上からスカーフを剥いだ。

 バラによく似た花だった。だが、花びらのふちが白いラインで色づいていた。

 町長は入口に近寄り、部屋の電気のスイッチを切った。

「うん……たしかに、質は落ちていないようだな」

 花のあった場所に、白く、花びらの形にそって、光が浮いていた。



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