2017
12.15

月のライン 2-4

Category: 小説


 本土に帰ってきたメルは、すぐさまその足で郵便局へ向かった。

 上司の局長は、メルの今回の失敗を、言葉で叱責しなかった。

 40過ぎで、メルの2倍ほど年上の女性だったが、涼やかな顔でメルを見るとこう言った。

「始末書、書いて」

 あとは言われるままにメルは従った。

 午後からの仕事は取り上げられ、自宅に帰された。

 表には感情を出さなかったが、局長はかなり怒っていたに違いない。

 メルが帰り間際に、冷たい態度で言ったのだ。

「明日からはちゃんと、気をつけること。でないときみ、メールボーイの座を取り上げるからね」



 凝ったデザイン性も見られない、四角い箱のように見える家々が立ち並ぶ住宅街を、メルは歩いた。

 そのうちのひとつ、シンプルなドアノブに手をかけ、開くと、狭い玄関ホールに、なぜか木馬が置かれてあった。

「ふーん」とメルは、分かったような分からないような声を出し、リビングに向かった。

 そこにはメルの父がいた。

 クレパスを何本も床に散らばせて、立てかけたスケッチブックに殴り書きしている。

 ゆっくり近づいたメルにも気づかない様子だった。

 よく見てみれば、メリーゴーランドのスケッチだ。

「玄関の」メルが喋ると、父は「うわぁっ」と驚いて、手を止めた。かまわず、メルは父に話した。

「玄関のポニーに色を塗るつもり?」

「はっはっは」白い歯を見せ、父は笑う。

「あれはガレージから引っ張り出してきた。ベイビー・メルのお気に入りだったじゃないか」

「そうだっけ……?」

 メルの父はデザイナーだった。

 このたび舞い込んだ仕事は、どうやら遊園地の花形、メリーゴーランドの馬をデザインするという、ちょっとマニアックな内容らしい。

 馬か、そういえば家にも……と、父は木馬を参照に出したそうだ。

「これは移動式遊園地用の、小さなメリーゴーランドだ。どの地方を回るかは、まだ聞いてないんだが、どうも時間がないらしい。電飾技師の方と話したのだが、夜も目立たせるために、馬の目にランプを入れるの、どうだろうね?」

 父の提案に、メルは頷かずに小声で言った。「それは子供が泣いちゃうよ」

「まあ、メルなの?」

 キッチンのほうから声がして、メルの母が姿を見せた。

「昨日の晩はどこにいたの。夜出歩くのは感心しないわね」

「アクアアルタがあって……」

 メルは言いかけたが、面倒になって、首を横に振った。

「もう、いいや」

「いいやじゃないでしょ」

 母は大げさに心配している。

「テレビのニュースで言ってたわ。夜の道をフラフラしてると、変な人に怪しい花を売りつけられるの。マフィアのような連中よ。捕まった組織のひとりが、インタビューで言ってたわ」

 たしかに、この都会の治安は良くない。

 そのため、夜歩くのはボーイスカウトくらいだろう。

 だけど花を売りつける、というのは初めて聞いた。新手の詐欺だろうか。

「その花っていうのは、どんな花なの?」

 メルの問いに、父が答えた。

「夜光るらしい。だから夜に売られるんだが、その発光している花びらを食べると、幻覚症状を見るらしい。分からんが、捕まったひとりが言っていたのは、ライン……そう、ラインが目に映るそうだ」

 本当に、よく分からない世界だな。メルは思った。

 犯罪を取り締まる警察官と同じ、国家公務員のメルとしては、そんな組織を野放しにしているのは、痛ましい、許せないことだな、と、そう強く思った。



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