2017
12.14

月のライン 1-3

Category: 小説


いつもなら郵便局で昼を食べ、午前中に整理した宛先ごとの手紙を持って、島へ渡る。

そして配達し終えると、役場のポストを開け、
空になった鞄に新しい手紙を詰めて、局に戻る。

大体それが、4時過ぎだ。

だが今、港に向かいつつ、役場の高い位置に取り付けられた時計を見ると、1時間遅れ。

たぶん、ミリのパン屋に寄ったのがいけなかったか。

メルは胃の辺りをさすりながら思い返した。

ミリという名のおばあさんの開いている、小さなかわいいパン屋さん。

毎日のように観光客の足休めとなっている、備え付けのオープンカフェのある店だった。

メルは手紙の配達に立ち寄った。

ミリはその日、新作のパンケーキを焼いていた。

焼き上がり時間ぴったりに、メルが来たのがいけなかった。

メルは根が素直なたちなので、ミリが試食を勧めるごとに、何切れか食べた。

紅茶も頂いた。

観光客の目にはきっと異様に見えただろう、
オープンテラスに座る、紺色の制服姿のメールボーイが。

メルはミリの話し相手になり、しばらくそこで過ごしたのだ。

嬉しそうな顔のおばあさんを見るのは、悪い気がしない。

良いことをしたと、自分でも思ったのだったが。



港に着いたのは6時前だった。

町中を歩いている途中で、所々に立っている街灯にやわらかな明かりが灯りはじめた。

陽は沈み、おもちゃのように可憐な家々から漏れる光が幻想的になったころ、
夕暮れを散歩する観光客にもまれながらも、メルは港に着いたのだった。

いつも思うのだが、こんなにもの客、毎日どこからやって来るのだろう。

肌の色も、着ているものも、言葉だってバラバラだ。

外を歩けば人口よりも、遊びに来ている人の方が多いのではないか。

たしかにこの町は美しい。

夜ともなれば、どこからともなく、妖精が出て来てもおかしくないほど、
町全体がキラキラしている。

港の浜から海を見ても、あふれた光で、浅い所は底が見える。

みなもがゆったりと輝いている。

都会に住む人にとっては、それは魅力なのかもしれない。

また観光客がいるかぎり、売上げが伸び、
町の建物は潮風に吹かれて老朽化が進んでも、
この経済効果で現状を現状のまま、維持し続けることができる。

どんなにコンクリートの壁が強いと分かっていても、人々は木枠の壁を用意する。

景観をそこねることは、島民も反対しているのだと思う。



メルは停泊しているフェリーを眺めた。

こちらもランプが点いている。

しかし近寄ってよく見ると、フェリーに続くタラップがない。

どうやって上がればいいというのだ。

「6時前だからかな……」

メルはひとりごちた。

フェリーは1日に10往復ある。

次は6時にこちらに着く、あのフェリーがそうだと思うけど……。

黙って立っていても仕方ないので、
観光客相手に、夜の海にゴンドラを出す、船乗りを探してみた。

この時間には用意していると、友達に聞いたことがある。

しかし、その船員もいない。

おかしいな、と周りを見渡してみると、いた。

凝った装飾のゴンドラが一艘と、背の高い船夫だ。

「乗り遅れたな、兄ちゃん」

船夫はメルを横目に言った。

「アクアアルタの夜は、フェリーは早出で帰路につくんだ」

メルは吹き付ける冷えた風に、両腕を抱いた。

そのまま見ているとゴンドラは引き上げられ、
フェリーのほうは汽笛を鳴らせて出港し始めた。

「今日は夜の部のゴンドラは無理だぜ」

船夫は寂しそうに言いながら、側の木のくいにゴンドラから伸びた縄を結んでいる。

残念なことに、今のフェリーが10往復目の船だと、メルは知っていた。

そうして、思わず声に出た。

「長靴……」

メルの足下に海水が押し寄せていた。



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