2017
11.29

平凡

Category: 小説


 俺は退屈していた。

 特に頭が良いでも悪いでもないし、ルックスだって良くも悪くもない。

 特別運動神経にすぐれているというわけでもなく、いわゆるどこにでもいるような、いたって普通のつまらない人間である。

 そんなつまらない人間は、やっぱり大きくも小さくもない中小企業の事務員として入社して、早くも3年の月日が経とうとしていた。

 毎日の仕事といえば、上司から言われたことを地道にこなし、時には電話でのクレームに対応する。

 しかしほとんどが、パソコンの前に座り、同じことを繰り返すだけ。


 やりがいなど何もない。

 楽しいと思ったことなど、入社当初に比べると、まったく感じることがなくなってきた。

 あの頃は新しい人生に期待と不安を抱き、やる気に満ち溢れていたというのに、3年も経つとこうも変わるものか。

 俺はこんな毎日を送りたいわけじゃないのに。


 ふとテレビを見ると、芸能人が面白くもない話をして、周りを楽しませている。

 芸能界にでも入れたら、俺の人生も輝いていたのだろうか。

 そんなことを思いながら、今日も仕事へと重い足を運んだ。



 同じ道を歩き、同じ人間と会話し、同じ仕事をこなし、同じ時間に帰宅する。

 なんというつまらない日々なんだ。

 とうとう俺は会社を休んでしまった。


 俺が求めていたのは、こんな毎日じゃない。

 何か、もっとすごいことをやってみせたい。

 何か皆が俺をたたえるような特別なことを――。


 すると突然、目の前に見たこともない、奇妙な姿をした、半透明のものが現れた。

「!!」

 俺は驚きのあまり、腰を抜かした。

「そんなに驚かないでください」

 奇妙なものは、口がどこにあるかも分からないが、はっきりとそう喋った。

 人間の言葉が話せると分かり、俺は少し安心した。

「お、お前はいったい誰だ?」

「わたくしは――あなた様の知る言語でたとえるのなら、あの世での存在とでも申しましょうか。天使でも、悪魔でもあります。お好きなようにお呼びくださいませ」

 いきなり目の前に現れて、消えかかっている気味の悪いものに対して、天使だとはとても呼べなかったので、とりあえず俺は、悪魔と呼ぶことにした。

「では、悪魔。お前は何をしにこの世に来た。俺の命を奪いにきたのか」

「そんな、めっそうもございません。わたくしは、そんな野蛮なことは大嫌いなのでございます。実は、あなた様のような方を、探していたのでございます」

「俺のような……?」

 俺はふと考えた。

 どこにでもいるような、いたって普通の人間の俺を、どうして……。

「それなのです」

 悪魔は俺の心を読んだかのように続けた。

「あなた様はいたって普通の人間でございます。しかしそんなご自分を変えたいと思っていらっしゃる。皆がたたえるような、特別な存在に」

「ああ。確かにそうだが」

「そこでお願いなのでございます。明日、午前4時に、あなた様のお勤めになる会社の前にいらしてください。お話はその時に。では」

 そう言うと、悪魔はすっと消えていなくなってしまった。

「おいっ!」


 いったい何なんだ。

 明日の午前4時に、会社へ来いだと?

 出勤するには早すぎる時間だ。

 しかし、毎日の平凡な暮らしから、悪魔の出現により、非凡な出来事へと変わったことが、俺には嬉しく感じられた。



 次の日、約束の時間に俺はいた。

 悪魔はまだ現れない。

 何が起こるというのか。

 久しぶりに、俺は胸を躍らせていた。

 こんな時間だし、辺りは静まりかえり、人影すらない――と思ったら、誰だあいつは。

 会社から、誰か怪しい人物が出てきたではないか。

 やけに周りを気にし、手には大きな鞄を持っている。

 俺の会社では見たこともない奴だ。

 俺はそいつの背後にそっと近寄り、肩をたたいた。

「きみ、私の会社に何か用かね?」

 するとその人物は、突然不意をつかれた様子でひどく驚き、手にしていた鞄を落とし、去っていった。

「あっ、おい……!」

 俺は奴が落としていった鞄を拾い、中身を確認すると、そこには着替えとナイフが入っていた。


「今の男は明日、会社で社長暗殺を企む人物でした」

 いつの間にか、俺の横に昨日の悪魔がいた。

「今日は下見に訪れたのでしょう。今年会社に、内定を取り消されたことに対しての恨みです。あなた様の今の行動で、社長の死は食い止められたのです」

「そうだったのか……。内定を取り消された奴も、そういえば今年はたくさんいたようだった。いや、社長を守れてよかったよ。ありがとう」

「いえいえ。念のため警察に通報しておかれるべきでしょう」

「ああ。そうするよ」

 警察に通報し、社長にも朝のことを話した。

 証拠の鞄も渡し、警察や社長だけでなく、社員にもひどく感謝されたことには驚いた。

「いやぁ、怖いものだな。そんな物騒な奴がいたとは。まさかナイフで私を殺すつもりだったのだろうか。なにはともあれ、きみには感謝してもしきれないよ。素晴らしい!」

「いえ。たまたま通りかかっただけですから」

 残念ながら、犯人は捕まらなかったが、こんなに気持ちいい気分になれたのは、生まれて初めてだった。



 そんなとき、また悪魔が現れた。

「やあ、悪魔。お前のおかげで、実にいい気分になれた。感謝しているよ」

「とんでもございません。わたくしにとっても、それは喜ばしいことなのです」

「お前は以前、俺みたいな人間を探していたと言ったな。それはいったい、どういう意味なんだ?」

「はい。実はですね、あの世での人口密度が、少しばかりオーバーしているのでございます。このままでは、この世で死んだ人間があの世へ行くことができず、この世にさまよってしまうことになるのでございます。いきなりこんな話を申しましても、信じていただけないでしょうが……」

「いや、確かにすごい話だが、お前の言うことだ。信じるよ。この世に死んだ人間がさまようなんて、俺だって困る」

「ありがとうございます。そこであなた様に目をつけたのでございます。あなた様は特別なことを成し遂げ、賞賛されたいと思っていらした。わたくしはこの世で亡くす命を、少しでも抑えたいと思っていた。ならばこれから起こる死を、あなた様に食い止めていただこうではないかと、考えたのでございます」

「なるほどな。でも命を救いたいのなら、お前がやればいいんじゃないのか?」

「わたくしには無理なのでございます。人間の命を、自らで救うことはできないのです。それは神に値することになるのでございます。ですので、あなた様を選んだのです。たいくつな毎日を変えられたいという、あなた様の心の叫びが、いつも天に届いておりましたから。これからも、人々の命を救う手伝いを、お願いしてもよろしいでしょうか」

「もちろんだとも。まさに俺が願っていたことだ」

「やはりあなた様を選んで正解でした。さっそくですが、明日の午前0時に、こちらの場所にいらしてください。では」

 そう言うと悪魔は消え、その代わりにひらひらと、頭上から紙が降ってきた。

 そこには、俺が行ったこともない、県外の場所が示されてあった。

「何だ、ずいぶん遠いな。それに午前0時だなんて、もう出ないと間に合わないぞ」

 そう言いつつも、俺はノリノリで支度をし、出かけた。



 電車と新幹線を乗り継ぎ、タクシーを用い、時間ギリギリにその場所へ着いた。

 地図に示されていたその場所は、手入れのされていない、古びた倉庫が連なるだけの路地だった。

「随分田舎なところなんだな。こんなところで、いったい何があるのだろう……ん?」

 倉庫のひとつから異臭がしている。

 近づいてよく見てみると、煙が上がっているようだ。

 急いで俺は携帯電話を取り出し、消防車を呼んだ。


「どうやら、何者かによる放火の可能性が高いでしょう。まだボヤの状態だったので、惨事にならずにすみました。気づくのが遅かったら、大火災へと広がり、死者も出ていたかもしれません。あなたには感謝いたします」

「いえ。たまたま通りかかっただけですから」

 俺は気分がよかった。

 人助けをしているということもあるが、こうして人から感謝されることが、嬉しかったのだ。



 その後も悪魔は俺を訪れ、次々に指示を出した。

 時には未然に事故を防ぎ、時には災害を防いだ。

 県外へ行くことも多くなり、俺は会社を退職した。

 交通費などで出費は増えたが、そんなことは俺にはどうでもよかった。

 人々から業績をたたえられ、感謝状もいくつももらった。

 俺が求めていたのはこういうことだった。

 そう、まさに俺はヒーローだ!



「署長! また奴が事件を通報してきました」

「もう何度目だ。各県の警察でも、奴の名前は有名だ。国内あちこちに旅行しているとでもいうのか」

「僕は、なんだかそいつが怪しく思えてなりません」

「確かに。全県各地を歩き回り、その度事件に出くわし、解決させている。それも時間帯だって、朝方だったりと不自然だ」

「そういえば、奴が事件を通報しだした頃に、勤めていた会社を辞めている、との情報があります」

「なるほどな。私は思うのだが、奴こそ事件を起こしている張本人なのではないか、と」

「ええ、ええ、僕も同じことを思っていました」

「よし! すぐ警視庁に連絡しろ! 本日、奴を要注意人物として確保するんだ!」

「了解いたしました!」



 ――男は何が起こったのかわけも分からないまま、警察に連れて行かれた。

 俺はヒーローだ、と叫びながら。


 その後、偶然にも事件はぴたりと止み、男が事件の発信源であったという、警察の見解から、男は刑務所に入れられた。

 また、悪魔が、悪魔が、という意味不明な言動から、頭のおかしい異常者として扱われた。


 しばらくして、狂った男は自らの歯で舌を噛み切り、死亡した。

 ヒーローから異常者へと零落した、こっけいな男の死だった。



 ああ、こっけいだ。

 こんなに面白い死は何年ぶりだろう。

 この男を選んで、本当に正解だった。

 大いに楽しませてもらったよ。

 最近の人間は皆、平凡でつまらない死に方ばかりだ。

 ひと昔のような、惨たらしい戦争や、醜い殺し合いなんてありえないくらい、平和な今の時代では、なんの面白味も感じられない。

 まったく、つまらない世の中になってしまったものだな。



◆ E N D






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コメント
非常にいいぞ!
ゾクゾクした!
上から目線ですまんのう(笑)
ahiru10beemk2 dot 編集
これは本当にすごいねえ。
オリジナリティを感じるし、想像も膨らむ。
うわあ「ヘンシュー」時代を思い出しちゃうんで。
これにて!(白煙)
ahiru10beemk2 dot 編集
このコメントは管理人のみ閲覧できます
- dot 編集
こんにちは。

とても興味がわく小説です🎵

読みやすく大好きです📖

ありがとうございました🎵
dot 編集
ラストで怖さを実感する様な
予測させないオチが面白いです!
では、また
anakin dot 編集
読みやすいし面白かったです!
aaa dot 編集
神様ってなに考えてんのかね?
大事な人をなくすたんびにそう思って来た訳よ
真面目に生きて人のために役に立ちたいって
言ってるような人がなんで死んでくんだって
悪いことなんて何もしてないのに
おかしいんじゃないの?
他にもっと罪深い奴がいるだろ?

そしたら声が言ったんだ
「お前の中ではな」って
は? なんだそれ? 
じゃ、あんたん中じゃ違う訳かい?
「お前が見ているのはお前の世界でしかない
 同じ人生を私が見れば愛を全うした人生だ」
死んだ方がかい? じゃあひでえことして生きてる方は?
「必死で愛を求めている人生だ」

ちょっと待てよ
それじゃあ人助けして死ぬ人間がいても
何人も人を殺しておいて自由な奴がいても
あんた当然だっていうのか?
「ただそういう世界というだけの話だ
 人生をどう生きるかは結局本人次第だ
 どんな人生かは選べないが
 その人生をどう生きるかは選べる」

自分の心に従って愛を全うするなら
死んでも幸せでいられる人生があると?
「周りの人間からどう見えようと
 真実は死んだ本人にしか分からない
 神の心と共にある至福は目には見えない」

あんたは神なのか?
「いずれお前にも分かる時が来る
 恐れには身を任せるな
 お前が愛を感じるものに従えばいい
 その結果を知るのはお前ただひとりだ
 真実は目には見えない」

……気がつくとおれは鏡の前にいた
誰と何を話したのかよく思い出せない
ただ今までとは世界の見え方が変わっていた
すべてはおれがどう見るかという問題だ
周りの人間にどう見えようと
天使でも悪魔でも
その人にとってはそれが真実というだけのこと
おれが信じかぎりおれはヒーローでいられる
C33 dot 編集
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