2018
04.23

稲妻トリップ 12 白い光

Category: 小説


 アキが目を覚ますのが、もう少し遅ければ、俺は無理やりにでも、その腕を掴んで起こしただろう。

 病室の時計は、夜の十一時を指していた。これ以上はもう待てない。

「あぁー、よく寝た……」

 のん気なアキの声がした。



 俺たちは最終電車に揺られ、目的地を目指していた。

 布地の長い椅子の上で、二人、肩を並べて座っていた。

 窓の外は闇。天井から照らす、白い明かりの眩しさが、俺には少し目に染みた。

 車両と車両を繋ぐドアが、ガタガタの線路を走る衝撃で、わずかな隙間、開いたり閉まったりを繰り返していた。

 ドアの窓越しに、向こうの車両と、数人の客が乗っているのが見える。

 そっちの空間は、ひどく大きく揺れているように見えた。あっち側からも、こちらはそう見えているのだろう。

 電車の入口ドアが開き、外の冷気が、風と一緒に乗ってきた。

 ここで降りるぜ、アキに目くばせして、俺は立った。

 アキも立ち上がり、俺の後ろをついてくる。

 夜中にもかかわらず、人の多い街中を、俺は速い足取りで進んだ。

 アキは小走りで駆けてくる。目的地まで、振り返るまでもなく、俺はその気配を、ずっと背中で感じていた。



 雨はすっかり止んでいたが、空には星が見えなかった。

 この雲が分厚くなくても、放たれる街明かりのせいで、星なんてものは、肉眼では目にできない。

 けれど、塔の階段を上るうち、少しだけだが、見えてきた。

 小さな白い点々たち。そう、これが星というものだったな……。

 電波塔は、建設中を知らせるためか、それとも防犯のためか、備え付けてあった照明が、夜もつけっぱなしにされていた。

 だから、わりと足元は明るかった。けれどアキは、なかなか前へは進めなかった。

「怖いわ、リュウ、どこまで上るの?」

 高さに怯えて立ち止まり、アキが何度も尋ねてくる。が、俺はひるまず、逆に怒鳴った。

「うるせえ、連れてこいって言ったのは、自分だろ!」

「でも……」

「甘えるんじゃねえ!」

 俺の一喝が効いたのか、反発するような頑固な顔で、アキは黙って、また足を前へと動かした。

 俺たちがヘルメットも、命綱もせずここに来たことは、誰にもバレてはいけなかった。

 俺は、夜の工場見学をするか、または、きもだめしをするか、そんな雰囲気で塔にいた。

 これから何が起こるのか、俺にはさっぱり分からない。

 アキだって、そうだ。転落の恐怖と戦いながら、先へ進んでいる。

 でも確実に言えるのは、彼女は今日、絶対に死なないということ。

 未来のアキを、俺は見た。俺の話をアキは信じた。俺も彼女を信じてるんだ。

 アキは、不安定な足場の、ベニヤ板の先端まで、ゆっくりと歩いて行った。

 ここだ。俺はアキに頷いた。アキは空を見た。星の、粒と粒の間から、青白い筋が一瞬、光って見えた。

 俺たちは、電気を帯びた中にいる。きっと、彼女はそれを、敏感に感じ取っているに違いない。

 アキは鉄骨の手すりから手を離し、両手を開いて、目を閉じた。

 彼女の腕時計のアラームが鳴り出したのと、大きな雷の音が頭上で響いたのは、ほほ同時だった。



 一分ほどの時が流れた。

 俺にはまるで、世界が停止しているかのように見えた。

 雷は、さっきの一回だけで終わった。稲光も雨も、空は連れてこなかった。

 腕時計のアラームが、自然に止まった。

 アキがそっと目を開けた。側にいた俺のことを、たった今、見つけたばかりのように、ハッとした顔をした。

 おかえり、と、俺は呟くような小声で、アキに言った。

 彼女はトリップしたのだろう。淡い照明の下で、少し目が潤んでいるように見えた。

「私、行かなくちゃ」

 彼女が放った言葉に、俺は「ん?」と思った。

「アキ、今、行ってきたんじゃないのか?」

「違うの、リュウ。あなたに伝えるために、過去のこの場所へ、行かなきゃならないの!」

「今日は始まったばかりだ、アキ。とにかく、ここは下りよう。話はそれから……」

「急がなきゃ!」

 アキは、叫んだ。

「この場所に、私はいたんでしょ。今の状態のこの塔に。朝になって、また工事が再開されれば、状況は変わってしまうかもしれない。その前に……」

「そうか……」

 俺は理解した。足場のベニヤは、仮の橋だ。いつ撤去されるか分からない。今、同じ場所から、試してみたいということだろう。

 アキを過去に飛ばさなくては。でも……どうやって?

 空を見る。雷の気配はない。照明の光だけが、ただ風に揺れて、静かに左右に動いていた。

「よし」

 俺は頭の中でピンときた案に、かけてやるしかないと思った。

 照明に手を伸ばし、小さな電球を回して外した。中に黒いケーブルが見えた。それを握って、俺は力いっぱい下に引っ張った。

 ケーブルの回りを包んでいたゴムが、ゆっくりと伸びて、ちぎれる。中に入っていた銅線があらわになった。

 手を放すと、力を抜いた指の先に、熱い、ピリリとした痛みを感じた。ゴムの摩擦で、指の腹を切ってしまっていた。でも今は、そんなことはどうだっていい。

 わずかだが、電気はここに、確かに流れている。

 アキをその下に立たせる。感電してしまうかもしれない。できるなら、危ないことなんてさせたくなかった。

 だがいつも、俺は彼女を支えてきた。彼女のやることを信じ、尊重し、サポートする。

 無茶だと分かっていたとしても、彼女のしたいと言ったことを、可能な限りさせてやる。まるで保護者のように。俺はそうすることが、自分の役目だと思っていたんだ。

「行ってこい!」

 俺はアキに頷いた。アキも頷く。そして銅線に手を向けた。

 その先に触れた瞬間、高い破裂音とともに、辺りの闇が、白い光で吹っ飛んだ。

 闇はすぐに戻ってきた。白い残像のちらつく視界に、アキが倒れ込んでいるのを、俺はとらえた。

 助け起こした腕の中で、しばらく目を閉じていたが、アキはふと、まぶたを開き、俺に小さく「ただいま」と言った。



● NEXT → 稲妻トリップ 13 音






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