2018
04.21

稲妻トリップ 10 ビー玉

Category: 小説


お婆さんは、試着室の前の椅子から、ゆっくりと立ち上がり、エレベーターの方へ向かった。

私はその椅子の上に、うちのデパートのロゴマークが入った、紙袋を見つけた。

お婆さん、忘れ物、と言って、私は紙袋の取っ手を持ち、後を追いかけた。

違和感がした。なんて重いの。これ、なにを買ったんだろう。

お婆さんが、エレベーターのドアの前で待っていた。よかった、追いついた。

「まあ、ごめんなさい……」

「いえ。お持ちしますよ」

私は、お婆さんの荷物を持って、入口まで見送ることにした。

「秋吉さん」と、声がした。振り返ると、青村さんが立っていた。

「青村さん」

「明日、定休日だし、行ってこようと思っている」

と、青村さんが私に言った。行くって、警察へかな。パパの消息を知る人が、組織にいる可能性があるのかもしれない。

「それで……」

青村さんの話す声に重なって、前のドアが中央から開いた。私たち三人は、中の箱に乗り込んだ。

ドアが閉まる。私は入口のある、「1階」と書かれたボタンを押した。

お婆さんが、手を上に伸ばして「屋上」を押した。

え……と思ったときには、もう私は、お婆さんの取り出したスタンガンで、首の後ろを押さえられ、意識を失ってしまっていた。



青い稲妻が光を放ち、私をどこかへ連れてゆく。

どこなの。ここは、いつ、なの……?

白いもやが晴れるように、視界がじょじょに鮮明になった。

目の前で、小さな男の子が、地面にしゃがんで、何かをしていた。

「ど、れ、に、し、よ、う、か、な」

男の子は歌いながら、地面に広げたガラスの玉を、小さな指で触っていった。

たくさんのそれは、コンクリートの地面に光の影を落とし、色鮮やかに揺れている。

「なにしてるの?」

私は優しく、男の子に話しかけた。男の子は、小学校の制服を着ていた。歳はたぶん、十歳くらい。

振り返ったその子の胸に、「青村」と書かれた名札を見つけた。

「こっちは、赤紫色。こっちは、青紫色だよ」

と、青村くんが言う。両手に一つずつ、その色の、丸いビー玉を持っていた。

「僕は、青紫がキライなんだ。友達に、おい、アオムラサキー、って変なあだ名で呼ばれるんだ」

だから、こっちのビー玉はキライだ、と言って、地面に投げ捨てる。一度弾んだあと、コロコロと転がり、私の足にあたって止まった。

「あら、いい色じゃない」

私は言って、拾い上げる。

「私は好きよ、青紫」

キライさ、と青村くん。

「変なの、青村くん。自分のことがキライなの?」

「うーん……」

青村くんは、照れたように下を向いた。そして、少し考えたあとで、私の方へと手を伸ばした。

「よし、決めた! やっぱり、青紫色にする!」

青村くんの元気な声は、引き戻されようとする私の意識に、リフレインした。



「秋吉!」

目を覚ますと、青村さんの顔があった。

私は、首を押さえながら起き上がり、回りを見た。雨が降っている……ここは、屋上だ。髪が濡れている。

大丈夫か、と青村さんが、私の両肩に手を置いて、瞳孔を確認するように覗いてきた。手の温かさが伝わってきた。

「私、今……子供の頃のあなたに、会ったわ」

「あの老婆、組織の信者だった」

青村さんは、屋上に仰向けで倒れていた、一人の女性に近寄って行った。側には、バラバラに乱れた白いカツラと、割れたサングラス、そしてスタンガンが落ちていた。

「こいつは、老婆に変装していた。ずっと前から、きみを見張っていたと、言ったよ」

急には、何のことだか分からなかった。青村さんの側に寄り、私は風の冷たさに震えた。

「乱闘になったけど、気絶させただけだ、心配ない。この素顔を見たとき、僕は思い出したんだ」

青村さんは腰のトランシーバーを、自分の口元に引き上げた。

「監視室。屋上に、救急車の要請をお願いします。それと、警察に……」

青村さんが、口早に喋った。

「前の警備員を殺した、殺人犯を捕まえたと、通報してください」

「彼女が……?」

驚く私の横で、青村さんは前を向いたまま頷いた。

「それよりもっと、大事なことがある。店内の全ての人を避難させたいが、もうあまり時間がないんだ……」

青村さんは静かに、その指先を前方に伸ばした。屋上の手すりの近く……そこには、見慣れた紙袋が転がっていた。

濡れて、へしゃげた袋の中から、小型の機械が見えていた。赤い光のデジタル時計が、忙しく時を減らしながら、動いていた。

「爆弾処理班は、間に合わないだろう……。だけど僕には、選べやしない……」

私は、それに目を凝らした。外枠が剥がされ、中から色んな色の、細いコードが、何本も飛び出していた。

いつからだろう……自分の手の中に、小さな丸い、硬い物が触れていた。

私は青村さんに、手の中のそれを、開いて見せた。

青村さんは何かを探るように、私のことを見下ろしていた。

そして、意を決したような硬い顔で、静かに爆弾に歩み寄り、青紫色のコードを、本体から引き抜いた。

デジタルの時計が、一分前を表示したまま、停止した。

私は持っていた青紫色のビー玉を、青村さんの手の中に、そっと返した。



● NEXT → 稲妻トリップ 11 世界






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