2017
11.19

天使

Category: 小説


 あるところに、ひとりのおじいさんがいました。

 おじいさんは、どこにでもいる普通のおじいさんです。

 そのおじいさんは、そこに住んでいたのではありません。

 ただ、そこにいただけでした。

 どこにでもいるそのおじいさんに、白羽の矢が立ったのは、単なる偶然でした。



 天の国で天使を務めているビーちゃんは、「次の天国人を決めなさい」と、大天使様に言われ、地上に降りて、そのおじいさんに狙いをつけたのでした。

 おじいさんは散歩中に、ビーちゃんに“次の天国人”として選ばれたのです。

 ビーちゃんも一緒に散歩しながら、そのおじいさんに言いました。

「天国人ってね、いうのはね、いっかい死ななきゃだめなのさ」

 するとおじいさんは散歩しながら、

「じゃあきみも、一度死んだんだね?」

 とビーちゃんに言いました。

「そうだよ。ビーちゃんはもうずっと前から、死んで天国にいるんだよ」

 ビーちゃんはおしゃべりさんだったので、おじいさんに、たくさんお話しし始めました。

「ビーちゃんのおうちは、大きな風車のあるところだったのさ。でもビーちゃんは、ちょっと風車に登ってみたかったんだよ。ぼくんちのおじいちゃんは、登ったぼくを助けようとして、足を骨折したんだ。ちょうど、今のおじいちゃんみたいなツエをつくようになったよ」

 ビーちゃんは、おじいさんの松葉杖を見ました。

 そして続けました。

「ぼくは、風車から落ちたショックで寝たきりになったけど、大天使様が迎えに来たから、行ったんだ、天国に。ほんとは、おじいちゃんと一緒にいたかったけど、でもしょうがなかったのさ」

 おじいさんは、ビーちゃんの明るく笑う顔を、まじまじと見つめました。

 そして、ずいぶん前に亡くした孫のことを、思い出しました。

 孫は、風車から落ちて亡くなったのでした。

「ビーちゃん、と言ったかね?」

 おじいさんの問いに、ビーちゃんは、

「天国人になると、名前も変わるんだよ。顔も声も変わるんだよ」

 と、喋り続けました。

「おじいちゃん、ぼくのおじいちゃんなんじゃないの? もうしわくちゃで気づかなかったけど、そうでしょ?」

「そうとも!」

 おじいさんははっきり答えました。

「わしはお前のじいちゃんじゃ! ビーちゃん、お前がいなくなって、どれだけ悲しかったか……」

 おじいさんの両方の目から、涙が落ちました。

 ビーちゃんは悲しそうに言います。

「やっぱりね。ねぇおじいちゃん、天国人になってよ。一緒にぼくと暮らそうよ。また前みたいにさ」

「いいとも。もうこれで思い残すことはない。ビーちゃん、あの時、助けてあげられんで、すまんかったのう」

「いいよ、ぼく、今の生活気に入ってるもん」

 ビーちゃんは、どこからともなくファイルを取り出し、おじいさんに見せました。

「こっちの用紙に手を乗せてね。契約するんだ」

 不意に、おじいさんの脳裏に“なりすまし詐欺”という言葉が、浮かび上がりました。

 おじいさんは急に渋い顔になり、用紙を奪うと、ビリビリに破いてしまいました。

「あー、なんてことするのさ!」

 ビーちゃんはわめきましたが、おじいさんは言いました。

「お年寄りを騙す犯罪は、天国にまで被害を広めておるのか! 許さんぞ、わしはまだ死ぬに死ねん!」

 ビーちゃんはケラケラ笑いながら、空へ姿を消しました。



「しっぱいしちゃったなぁ」

 天の国の中で、ビーちゃんはひとり言いました。

「年々、お年寄りのガードが固くなって、やりづらいよ。でも、天国に早く人を上げなくちゃ、人口増加で、地球は大変なことになるし、大天使様に叱られちゃうよ。ちぇっ」

 ビーちゃんはもう一度、地上に降り立ちました。



 そこには、ひとりのおばあさんがいました。

 どこにでもいるおばあさんのひとりでした。

 スーパーの店先で、たこ焼きを食べているところでした。

 ビーちゃんは天使ですから、人間の生い立ちなど丸見えです。

 そっと近づいて言いました。

「ねぇ、おばあちゃん。あのね、ぼく……」

 と、その時でした。

 おばあさんはたこ焼きを食べる手を止め、言いました。

「悪いわね、ぼうや。もう私は、命を売ったのよ。三日後に取りに来るわ。残りの人生、楽しませてね」

 そしてまた、たこ焼きを食べ始めました。

「だれなの、ねぇ」

 ビーちゃんが尋ねて聞き出したのは、別の競争相手でした。

「ちぇっ。悪魔に先越されちゃったよ……」

 ビーちゃんは呟くと、また次の“天国人”を探しに、飛んで行きました。



 今、天国と地獄は、人間勧誘の強化中なのです。

 自分に限ってそんなことは……と思っているあなた。

 もう狙われているかもしれません。

 気をつけてくださいね。



◆ E N D






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