2017
11.26

ランナー

Category: 小説


 私は走ることが好きだ。

 走り続けることで、生きていることを実感できる。

 とりわけ、雨の日が好きだ。

 体を潤おし、乾いた心に染み渡る。

 だから私は、雨の日でも走る。



 ある日、私は、友達と賭けをした。

 私がよく走るので、一年のうちに、この世界を一周できるか、賭けようというのだ。

 体力には自信があったので、私はこれから一年間、走ってきて、必ず戻ると約束した。

 友達は、もし私が勝ったら、豪華ディナーをごちそうしよう、と言ってくれた。

 私が負けたら、豪華ディナーを友達に用意しなければいけない、と決まった。



 友達は動くのが嫌いなタイプだったので、私は彼をスタートとし、ゴールと決めた。

 彼も、この国にとどまり続け、私の帰りを待つと言った。

 そこで私は、彼からスタート・ラインを切った。



 まずは近所の見慣れた景色。

 高い並木道が続いた。

 以前、この木の葉をかじってみたことがある。

 それは苦い味がして、私の舌には合わなかった。


 続いて、足場の悪い砂利道に出た。

 ここは初めて走る道だ。

 小さな砂利に足を取られ、思うように前へ進めず、苦労した。


 そのガタガタ道は、今度はツルツルのコンクリに変わった。

 しかしとても硬いので、私の足の裏が、ヒリヒリと痛み始めた。

 コンクリは走る度に、足が擦れる感じだった。


 けれどもしばらく進むうち、コンクリの地面は、見慣れないアスファルトへと変化した。

 私はどうも、このアスファルトが好きになれず、今までも走ることをためらってきたのだという、私の弱点に気がついた。

 だが今は、自分との戦い。

 もう走り続けて、一週間が経っていた。

 私はこの一週間で、いろいろな道を乗り越えてきたのだ。

 アスファルトだって、制覇できるに違いない。



 しかしここで、突然、陽の光が増してきた。

 もう喉もカラカラだ。

 手足も、見るとカサカサだ。

 この辺りで、しばらく休憩でもするか。

 そう思って、近くに木陰を探してみた。

 だが、見渡しても陰はない。

 それどころか、車がフラつく私を、はねそうになった。

 ここは車道だ。

 横断歩道も見えている。

 私は道のわきに立ち止まり、大きなタイヤの車を見つめた。

 あの車に乗れたら、どんなに速いだろう……。

 よからぬ考えに、私は頭を悩まされた。


 ふと、友の顔が脳裏をよぎった。

 そうだ、友に、おいしいディナーをごちそうになるのだ。

 私は気を引き締めるために、再び足を前へ進めた。

 じりじりと焼けるような陽射し。

 アスファルトから、燃えるような湯気が立ち上っていた。

 しかしそれも、私の情熱にはかなうまい。



 ついに、雨が降り始めた。

 天の恵みの雨だった。

 私は思い切り、そのシャワーを浴びた。

 キラキラと雫が垂れる。

 横を見ると、これまた美しい花が咲いている。

 なんという美しさだ!

 生きているということは、美しいということなのだ。

 私は、あまりに花が輝いて見えたので、その花の葉を、一つかじってみた。

 お腹が減っていたということもあるのか、とてもおいしい味がした。


 元気を取り戻したところで、私は再び走り出した。

 しかしその日は私にとって、忘れられない日となった。



 急に空から、恐ろしい鳴き声を上げ、大きな鳥が飛んで来たのだ。

 しかも目をギラギラさせて、私目がけて襲い掛かった。

 私はこんなに恐ろしい鳥は、見たことも聞いたこともなかったので、心臓が飛び上がるほど驚いた。

 ショックのあまり、つまずいて倒れてしまったのだ。

 そこは雨で、泥沼になっていた。

 私は素早く足を動かし、泥道を進むが、鳥はいまだに、私を狙う。

 だが、鋭いそのクチバシは、不器用なのか、私を上手に突き刺せない。

 何度も空へ舞い上がっては、高いところから、私に向かって急降下してくる。

 私はついに、ある決心をした。

 それは、隠れることだ。


 私は背中にしょっていた、簡易式避難用シェルターへと潜り込んだ。

 これはとても丈夫で、ある程度の攻撃にも耐えることができる、とても便利なものだ。

 私は世界一周をすることで、危険な国も避けては通れないと思っていたので、このシェルターを使う時が来るだろうとは、予想していた。

 だがまさか、それが鳥だとは……。


 とにかく、じっとして、鳥が諦めて去るのを待った。

 鳥は、シェルターに隠れた私を、見失ってしまったらしい。

 あっけなく飛び立って行ってしまった。

 初めは恐ろしかったが、いなくなってしまえば、何ということもない。

 私はシェルターから這い出て、また自分自身との勝負を続けた。


 もうすぐだ。

 もうすぐ、一ヶ月。

 私の胸は躍っていた。

 約束の一年は、私の驚異的なスヒードで、短縮化されようとしている。

 もう目前に、友というゴールが近づいていた。



 友の姿が見えた時、私は感動で胸がいっぱいになった。

 友は、あのスタートした日とまったく同じ場所で、私の帰りを待っていてくれたのだ。

 友に、私の心が通じたのかも知れない。

 友と私は、互いに見つめ合い、そしてお互い、感動していた。

 友は、約束のディナーを私におごろうと、私を案内してくれた。



 ちょっと湿った木陰だった。

 きれいなアジサイが咲いている。

 そうか、もう六月なのか。

 私と友は、アジサイの葉を食べた。

 これでもかというほど、腹いっぱい詰めた。

 満腹している私たちの頭上に、何か大きな影がかかった。

 その影は二つあり、影同士にしか分からない言葉で、こんなことを言っていた。

「なるほど。彼らの生態がよく分かりました。この一ヵ月半、観察していましたが、彼らの一方は、一ヵ月半かけて、この公園の周囲を這い続け、途中、葉っぱを食べながら、戻ってきましたね」

「そうだな。公園の花に、水をやっているお爺さんに、ジョウロで水をかけられたり、鳥に襲われた時、ちゃんとカラに入ったりして、やり過ごしていたな」

「やけに歩くスピードがトロいので、見ていて眠くなりましたよ」

「しかしなぜ、一ヵ月半で公園の周囲を一周したのか、理由がよく分からないな……」

「そうですね。これからも観察をし続けましょう、博士。博士のカタツムリ観察記録を、完成させましょう」

「ああ。キミ、今後も助手を頼んだぞ」

「はい! もちろんですとも!」



◆ E N D






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