2018
04.22

稲妻トリップ 11 世界

Category: 小説


 警察署で事情を説明し終わると、僕はすぐに病院へ向かった。

 逮捕を逃れていた、組織の最後の信者、と同時に、前の警備員の殺人犯。そいつを捕まえることができた喜びよりも、何より、彼女のことが気がかりだった。

 彼女、秋吉さんは、あのあとすぐに、「眠い」と言って、僕に体を預け、寝てしまった。

 病院へ運んだあと、目覚めを待たないで警察署へ向かわされた僕は、彼女がどんな状態でいるか、すぐにでも知りたかった。

 病室のドアをノックすると、中から男の声で「はい」と聞こえた。

「青村さん?」

 その若い男は、僕の顔を見て、深々とお辞儀した。

「竜野です。アキの友達です。助けてくれて、どうもありがとうございました」

「いや……。それより彼女は、体は大丈夫なのか?」

「はい。トリップのあとは、よくあることです。寝てるだけなんで。起きたら、連れて帰ります」

 一緒に住んでるんです、と彼は言った。僕は、表情を変えずに、ただ「そうか」と頷いた。

 竜野という存在を知ったのは、それが最初だった。相手は僕のことを、秋吉さんから聞いて、すでに知っている様子だった。

 あの、トリップのことも。

 僕は彼女の眠るベッドの横に、椅子を置いて座り、しばらく様子を見ていた。

 彼女の髪が、彼女のまつ毛にかかっている。それを払おうと伸ばした手を、僕はすぐに引っ込めた。

 竜野が何か言いたそうに、僕のほうを見つめていた。が、僕も、特になにも尋ねなかった。

 彼に配慮して、僕は早々と病室を出た。

 病院の広い玄関ホールに出たとき、竜野があとを追いかけてきて、僕に言った。

「あの俺、アキとは兄弟として育ったんです。だからその、妹だし、姉ちゃんだし……なんでもないですから」

 僕は、緊張したように話す竜野に、軽く笑って見せた。竜野は、

「これからも、彼女を守ってやってください」

 と、また深いお辞儀を僕にした。

 僕は返事をする代わりに、片手で敬礼して見せた。

 竜野は笑っていた。何か、肩の荷が下りたような、ほがらかな顔だった。



 デパートに戻ると、入口の広場で、社長やマネージャーが待っていた。

 あまり面識はなかったが、社長の顔は覚えていた。僕は社長に連れられて、応接室へと通された。

「まさかあの万引き犯が、うちの常連客だったとはねぇー」

 と、社長は驚いたように、大きな目をして言った。

「しかも例の宗教団体。人類を抹殺するだなんて、恐ろしい世の中だ……」

「私はね、青村くん。あなたなら、何かやってくれるだろうと、思ってたのよ」

 直感っていうものかしら、と、マネージャーが、眼鏡を光らせながら僕に言った。

「すごいわぁ、青村くん。あの爆弾を止めるなんて。私たちの命の恩人よ。ねえ、社長」

「そうとも。きみを表彰したい。後日、表彰式を開催しよう。従業員一同と、記者も呼んで、盛大に」

 僕は押される力の強さに、断ることができなかった。

 それより、所属している警備会社の、直属の上司が、この場にいないことにほっとした。

 あの上司に限って、そんなことはないと思うが、もし手の平を返したような、猫なで声を聞いたとしたら……心が揺れる。

 僕は、どう対応すればいいだろう。ずっと虫けらのように思っていた自分が、まるでヒーローのように扱われている。

 くすぐったいような、でもどこか、晴れやかな気持ち。上手く言えない感情を、けれど確かに、僕は感じる。

 僕を取り巻く世界が、変わってゆく。

 明るい方へ。僕自身も、きっと変わるだろう。

 彼女が色を、変えてくれたように。



 雨上がりの空気は、少し湿気を含んでいて冷たかった。

 一人、屋上へ出た僕は、夜の静けさの中で、景色を眼下に眺めていた。

 ちょっと前まで、警察の鑑識により、ここは封鎖されていた。

 今はもう、所々に溜まった水溜り以外に、何の形跡もないように見えた。

 水溜りだって、この風に震えながら、すぐに乾いていくことだろう。

 自分の住む街の方向には、たくさんの光の粒が見える。黒い空の下に瞬く、摩天楼の、美しい輝き。

 僕は手すりの柵に沿って歩いた。

 海の見える方角に、影絵のような、灯台のシルエットがあった。

 灯台の天辺から、わずかな光量の黄色い筋が、時計の針のように右回りで放たれている。

 僕は、秋吉さんがここで話していたことを、心に思い返していた。

 小さい頃、あの近くに住んでいた。今は灯台が建っている、あの辺り……。

 彼女はそう言っていたな……。

 僕はしばらく、その灯台を見つめていた。

 闇の中を泳ぐ、光の筋と、軌跡の残像。

 ……おかしいな……。

 僕は片目を、片手でこすった。もう一度、灯台の方を見る。

 小さな工場が、灯台と重なって見えた気がした。

 片目をつぶって、片方ずつ見る。

 同じだ。同じ場所に、建物が二重に見える。

 そうだ。僕はあの日、高架橋の近くを、パトカーで走っていて……。

 僕は、側のベンチに腰掛けた。

 彼女のことを、目を閉じて思う。

 想像を超えた、大きな何かが動くのを、どこかで感じる。

 その力によって、この世界はまだ、変わりつつある……。



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