2017
12.14

月のライン 1-2

Category: 小説


 メルは肩から斜めに吊り下げた革製の鞄に、ポストの中身を収集していた。

 町役場の側の大きなポストだ。

 青い海に浮かぶ、朱色の屋根の連なるこの島の、美しい景観を写したカードが多かった。

 ちょうどその時、役場の扉を押し開けて、町長が現れた。

 メルには気づかず、役場の前の花壇に向かい、花の手入れをし始めた。

 しおれた花びらを摘み取って、手の中で握りしめる。

「こんにちは」

 メルがそっと声をかけると、「やあ」と応えた。

「おや、もうそんな時間か」

 町長はそう言って、町役場に備え付けられた大時計を見上げた。

 5時。

 役場の壁が、夕日色に染まっている。

「きれいなお花ですね」

「ありがとう。きれいにしていないとな」

 町長は黒い髭の生えた口元を、ほころばせながら言った。

「今日も観光客が、人口の3分の1は来たよ。この前でも写真を撮って行くんだ。中においてあるパンフレットと、同じ景色を保つのも大変だよ」

 メルも町長に笑い返した。

 島を紹介したパンフレットは、メルももらったことがある。

 ちょうど島の中央に建つこの役場は、観光客の道案内も兼ねている。

 だから島の見取り図が、看板になって役場の前に立っていたり、ホテルやレストランの場所を紹介したパンフレットも、写真付きで、役場で配っているのだった。

「だが、どんなにきれいにしていても」

 町長は一度、ため息をつき、続けた。

「アクアアルタにはかなわない。この前はその看板の、半分ほどが海水に浸かった。この島で花がまともに育つのは、あそこの土地くらいだな」

 最後のほうは、ひとりごとのようにメルには聞こえた。

 あそこがどこかは分からないが、町長が言うとおり、この島はよく海に浸かる。

 オシャレに見える家々でも、玄関の内側には、侵入してくる海水をせき止めるための、丈夫な板が置かれていたりもする。

 アクアアルタという現象は、月の満ち欠けによって発生するので、それは誰にも止められない。

 新月と満月の時に、島の周囲から海水がせり上がり、土地の低いこの島は、あっという間に水に浸かってしまうのだ。

 観光客の必須アイテムとして、長靴がよく売れる。

 ふだん何ともないので、大して気にしていなかったメルも、ことの重要さに気がついた。

 思わず空を見上げる。

 よかった、まだ太陽が出ている。

 最近は冬になるにつれて月が出るのが早いのだが、今日は夜になっても月は出ない。

 そう、今日こそが、新月の大潮の日だ。

 アクアアルタの警戒日だった。



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