2018
01.05

ソレイユの森 14 光の中

Category: 小説


 やってきたマルの手の甲を、カナはそっと、人差し指で優しく撫でた。

 葉の間から、細い糸のような、何本もの朝の光が降り注ぎ、森の中に陰影をつける。

 ソレイユは陽に、眼を向けて立っていた。

 眩し過ぎて、人間には真似できない。マルはその姿を見て、少し笑った。

「懐かしいな……服はパンク・ロックだけど。昔の俺を知っているのは、もうお前だけだ」

 ビリビリに破れたスーツ姿のソレイユに、持参した黒いスーツを渡し、着させる。

 マルは自分の服のポケットから、色褪せた紙切れを取り出して、ソレイユと見比べた。

 同じように黒いスーツを着た、ソレイユの写真が、薄く印刷されている。

 マルがずっと持っていた、ソレイユの説明書の表紙だった。

「お前を完成させてやりたかったと、何度も……、何度も、夢に見てきた。だが、この永い年月を経て、解かったよ。お前は、言うことはない、完璧だ。肩の傷なんて、気にすることじゃない。お前は俺の、完璧なロボットなんだ」

 目から涙がこぼれそうになる。カナが寄り添うように傍らに立った。

「さあ……それじゃ、始めようか。お前は、何を守っている?」

 マルは質問を開始した。ソレイユは、手の内の、切り札を匂わせるような喋り方をした。

「その質問には答えられません。これは秘密の約束です。シューに命じられました。この側を動きません。僕は、守っています。誰にも渡しません。この命令は、絶対です」

 マルは、探り方を変える必要があると思った。そこで、ソレイユの側の、古過ぎて何なのか分からない、墓石のように見えた石ころの前に、歩み寄った。

 ソレイユが石ころとマルの間に割って入った。ここだ、とマルは感づいていた。

 確かに、ここにある……いや、あった、か? 今もまだ、それは存在しているのだろうか。

 カナが、共通語で「強行突破?」と言ったが、マルは頷かなかった。

「ソレイユ」

 そして、マルは落ち着いた声で促した。

「対象はもうないかもしれない。確認してみろ」

 驚くほどに、ソレイユはすんなりとその指示に従った。

 無言で片膝を立てて座り、石ころの割れた隙間から、何かの小瓶を取り出した。

 陽の光を受けて、一瞬、強く反射する。

 それは遥か昔、暖炉と壁のわずかな隙間に、周一が見つからないよう、隠したものだった。

 目で小瓶をとらえた瞬間、マルは過去の記憶が蘇った。

「寿命を延ばすことのできる薬……」

 病気の上に、薬に害されていた自分にとって、それが毒であろうが、飲んでも飲まなくても、死ぬ運命は同じだった。

 マルは一気に飲み干した。そのすぐあとで、体中から疲れが抜けた。体が軽くなり、細胞の一つひとつに、栄養がじんわりと染みわたってゆくような感覚がした。

 その感覚が治まっても、受けた効果は変わらなかった。そう、今でもまだ……。

「不思議ね、空の小瓶を守っているなんて」

 カナの言葉で、マルは意識を引き戻された。

 ソレイユの持つ瓶に目を凝らすと、剥がれ落ちそうなラベルには、「不老」、「抗老」という字が、かすかに見えただけで、中身はなく、空っぽだった。

「もし、俺が飲んだあの薬で、スペアなのだとしたら……中に、液体の薬が入っていたんだ。無色透明で、何の味もしない、液体が」

 動揺するマルと、手の中の瓶、交互に、ソレイユは目線を動かした。

「長い時間、受け続けた日差しの中で……いつの間にか、蒸発してしまったのよ。きっと、ずっと前から……ソレイユは守るものなんて、もうなかったんだわ」

 カナの小さな呟きで、ソレイユは自分の状況を、新しい情報として理解したように見えた。

 ソレイユの下ろした手の中から、小瓶が滑り落ち、石ころに当たって四方に弾けた。

 マルは、張り詰めていた糸がほどけたように、その場に膝をついて座り込んだ。

 ……よかった、薬が消えていてくれて、よかった。本当に……。

 自分と同じ、永遠に生き続ける苦しみや恐怖を、マルは誰にも味合わせたくなかった。

 暖かい手で、カナが背中を撫でてくれる。

 そんな彼女が、マルは心の中心に、大きく存在していることに気がついた。

 彼女はこの先、自分の死が、二人を離れ離れにさせることを、もう解かっているはずだ。

 しかし、そんな想いを飛び越えて、側にいようとしてくれる。

 生きていることだけが、重要なことなんかじゃない、とマルは自分に説いて聞かせた。

 その過程で、どれだけ相手のために尽くせるか。どれだけ役に立つことができるか。

 それが、自分にとっての、最も大事な存在理由だ、と。

 支えられる幸せ、必要とされる喜び。

 自分にしかできないことが、この世界にはまだあるはずだ。

 周一さん。

 マルは心の奥で、周一に向けて語りかけた。

 あなたはそれを、教えてくれた。それだけでもう、薬の価値はあったんだ。

 不意に、ソレイユがいないことに、マルは気づいた。

 落ち葉を踏みしめる音がした方向に目を向け、カナと静かについて行くと、ソレイユが大きな木の根元に、その身をもたせかけ、座り込んでいる姿があった。

 マルは少し首をひねった。

 ソレイユの顔に、木漏れ日が当たっている。柔らかい光の中で、充電しているのだろうか。

 しかし顔をよく見てみると、まぶたがしっかりと閉じられていた。

 ソレイユは、自分を充電することを、放棄していた。



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