2017
12.23

ソレイユの森 1 「シュー教授」

Category: 小説


大学の研究室で教授を務めていたしゅういちは、漢字で「周一」と書く。

同僚や教え子たちは、親しみを込めて「いち」を伸ばす発音にし、
「シュー教授」と呼ぶことにしていた。

歳は四十過ぎ。毛量は多いけれど、白髪を染めないので老けて見える。

しかし性格は明るく、人当たりも優しかった。

生徒の勉強を、その子が解かるまで親身になって指導していた。

親身になり過ぎたのかもしれない……。

あとになって、シュー教授はその頃のことを、幾たびも思う。

自分が、若い時から長年、研究していた新薬の開発。

やっと完成させることができた、偉大な発明。

それを学会に発表し、世間に広めるための資料。

盗難にあった。

死に物狂いで探したが、どこからも見つからない。

見つかったときには、すでに薬の性能は、世間に知れ渡っていた。

誇らしげにその資料を持つ、教え子の顔を、シュー教授は忘れない。

一躍「時の人」となった生徒の名前は、「藤崎」。

彼女は美しさの中にずる賢さを秘めていた。

今まで裏表なく接してきたシュー教授だったが、大きな裏切りを知り、
絶望の中で相手を憎み、自分を恨んだ。

そして大学も辞め、シュー教授はもう教授ではなく、ただの周一になった。



炎天下。

夏まっただなかの、暑い日だった。

体から水が、血管から血が蒸発してしまいそうで、
周一は道端に倒れ込みそうになった。

電柱に肩を付いて持ちこたえ、ゆっくりと顔を上げる。

溶けるように陽炎が揺れる、長い上り坂の向こうに、
大きくて、高い、青々とした山が広がっていた。

微風が吹いて木々が揺れ、青や緑が入り混じる。

クラクラとした頭の中で、砂嵐のような音が舞う……。

額から汗が目のきわを流れて、痒いようなこそばさを感じた。

それでも目は、じっと山を見ていた。

周一は手に持ったコンビニ袋だけを連れ、その坂道を歩き出した。

暑さから逃れるためだけでなく、山は、
他の何かからも、自分を守ってくれるような気がした。

美しくて醜い、藤崎の呪縛からかもしれなかった。



● NEXT → ソレイユの森 2 「温室栽培」






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