2018
04.20

稲妻トリップ 9 スパーク

Category: 小説


 街に降る雨は、汚い空気を流すシャワー。

 ビルの間を駆け抜ける風、強い音。

 街路樹の葉が、雨粒と飛んでくる。肩をかすめて後ろに流れた。

「平気か、新人?」

 細い足場ですれ違うとき、先輩の鳶職人が、俺に聞いた。

「もし高所恐怖症だったなら、」

 俺は向かい風に負けない、大きな声を張り上げた。

「誰も、面接には来ませんよ!」

「よく働け!」と、鳶職人。

「この仕事には遣り甲斐がある。街の未来を築くという、夢がある。それは、誇りだ!」

「はい!」

 俺は威勢のいい返事をした。

 何本もの鉄骨の、骨組からなる足場。乱雑に横に通した、仮の橋にしたベニヤの板が、強風にカタカタと揺れていた。俺はその上を歩いていた。

 電波塔。情報も混雑する都会の中心に、電波の感度をより上げるため、新しい塔を建てる、という仕事だった。

 重い資材はクレーンが運ぶ。俺は吊り上げられたそれを、先輩たちと引き寄せ、大工たちの手に渡す、という地道な作業を、繰り返し行っていた。

 ここから見下ろす街の景色は、灰色のブロック。どの建物も高さが違う。小さくて、デコボコしていて、玩具みたいだ。

 そのうちに、緑の作業着には雨が浸透し、体はだんだん重たくなった。ヘルメットを流れる雨も、滝のように見えだした。

「雷が鳴ったら、撤収だ!」

 大工の怒鳴り声がした。

「避雷針が引き寄せて、危ねえ! あと十分ほどだろうな!」

「はい!」

 俺は返事する。

 歩く場所まで、足場の骨組みに、自分から伸びた命綱を滑らせる。時には外したり付けたりして、移動する。軍手の指で慣れないし、まだ難しい。

 辺りが一瞬、スパークした。真っ白な稲光が二、三度起こった。俺は目をしばたいた。

「撤収!」「降りろー!」と、すぐさま大工たちが大きく叫んだ。

 空がゴロゴロ言っている。

「やっぱり、今日はダメだったんだ」「でも、期限までに建てちまわねぇと……」「もっと人手がいるな……」

 大工たちの声が遠ざかって行った。

 俺はというと、さっきからずっと、宙に突き出したベニヤの、その先端を見ていた。

 さっきの光で目がかすんだのか、なぜか、なぜだか分からないが、秋吉が見える。

 秋吉が……、アキが、その端っこに立っている。

 俺に向かって何か言っていた。俺はアキを凝視した。アキの唇が、ゆっくり動く。

「明日、夜の……じに、……時、ぴったりに……、私をここに、連れて……」

「え? 待て待て、何時だって?」

 聞き返した。土砂降りの雨音に消されて、上手く聞き取れない。

 アキは、自分の腕時計を、一生懸命、人差し指で叩いた。

「あ、分かったよ!」

「おい!」

 急に後ろから、先輩にどつかれた。ヘルメットをしていて、痛くはなかった。

「なにしてるんだ、新人! 帰るぞ!」

 先輩が俺の命綱を引き寄せた。俺はアキを振り返る。彼女は、そこにいなかった。

 今、ここにいるはずがないんだ。俺には分かった。

 俺は今、未来から来た彼女を見たんだ……。



「だから明日、仕事は休め」

 俺はアパートで、アキに伝えた。部屋の棚の上にある、小さな時計の針は、もう明日になっていたが。

 アキは眠たそうに目をこすった。それから、青村という男の話を、静かな声で俺に話した。

 意識を集中させた日の彼女は、眠くなる。青村の過去へ行ったあと、一日中、ずっとアクビしっぱなしだった、と言った。

「それじゃあ、明日はシフト……早上がりで、帰るわ……」

 と言って、アキはその場で、崩れるように横になった。

「部屋で寝ろよ……」

 そう呟いておきながら、俺も自分の寝室には戻らず、彼女の側で、しばらくの間、座っていた。

 アキは、自分の好きな場所に、時間に、自由にトリップできるわけじゃない。

 もしもできたなら、秋吉博士も、簡単に見つけられていたはずだ。

 どういった仕組みか、まるで理解しがたい力だった。

 だが、俺はアキを疑ったりなどしないし、彼女も自分を信じている。

 それでいいんだ。

 俺は、アキの細い手に触れた。

 アキ。街はどんどん発展してゆく。俺たちは、このままでいいのかな……。

 眠る顔を見ていると、ざわめく心は、しだいに落ち着いていった。

 彼女が俺を、異性として認識していないのは、この無防備な様子から、知ることができた。

 俺は彼女の部屋から布団を持ってきて、彼女の体の上にかけた。

 自室に戻りながら、少し俺は、自分に笑った。

 馬鹿だな、リュウ。アキを信じているのなら、彼女をサポートするだけだ。

 それ以上の幸せなんて、この世界にはないだろう。



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