2017
12.01

人生の散髪屋

Category: 小説


――この散髪屋でカットすると、全く違う自分になれる――


最近彼氏に振られたデコちゃんは、外見から変わりたいと思いその散髪屋へ入った。

古ぼけた建物はこじんまりとして、店内の鏡も錆び付いていた。

何か怪しいなとは思うものの、デコちゃんは店の主人に自分のなりたい髪型を口で伝えた。

主人は50歳くらいのおじさんで、頭が寂しい。

デコちゃんの髪の毛をしばらく見つめて「本当にいいんだね?」と確認をしたあと、静かにハサミを入れていった。

しばらくして、デコちゃんは急激な眠気に襲われた。

そしてなぜか何の躊躇もなく、目をつむって夢の国へ行った。



気がつくと、デコちゃんは散髪屋の前でボーっと立っていた。

あれっと思って鞄から手鏡を取り出し、自分の頭を見ると、もう自分が望んだような仕上がりになっている。

財布からも、用意していた額だけ支払われていた。

あれ、いつ終わったんだろう……と思ったその時、すぐ前の道を学校から帰宅途中の弟に会った。

「あっ、ねえ見てよ! あたしの新しい髪型、どうかなー?」

デコちゃんが聞くと、弟は一瞬呆気にとられた顔をしたが、すぐ我に返り、こう言った。

「あんた、だれ?」

「えっ!?」

デコちゃんは驚いたが、弟が自分をからかっているのかと思い、笑い出した。

「もー、そんな冗談いらないよー」

しかし弟は真面目な顔をして「は?」と言って、歩きだした。

デコちゃんはちょっとカチンときて、弟を追いかけた。

「待ちなさいよー」

「うわっ」

弟は慌てて走り出し、デコちゃんも追いかけた。

「来ないでー!」

弟は家のドアを開け、中から鍵をかけた。

「こらー! 開けなさいよー!!」

怒ったデコちゃんが激しくピンポンベルを押すと、家に居た母が出てきて言った。

「やめてくださいな、お嬢さん。うちの子にストーカーしたって、何もいいことありませんよ」

「もー、ママまで変なこと言って……」

デコちゃんが呆れていると、母はドアを閉め、また鍵までかけた。

「そんな……なんで?」

デコちゃんはその場に立ち尽くして考えた。

「まさか……まさか本当にそんなことって……」

デコちゃんは思い出した。

散髪屋の看板に書いてあった言葉を。


――この散髪屋でカットすると、全く違う自分になれる――


「まさか本当に?」

デコちゃんは愕然とした。

「あの看板は、注意書きだったんだわ!」

デコちゃんはしばらくオロオロしたり、手鏡で顔を確かめたり、もちろん自分自身の顔だ、と確信したり、その場で慌てふためいた。

そうこうしているうちに、父が会社から帰って来て、動揺しているデコちゃんと会った。

が、不審な顔でデコちゃんの前をすり抜けると、家へ入って行った。


デコちゃんは泣きながら走った。

もうどうしていいか、不安でしかたなかった。



夜の静かな住宅街を走りながら、デコちゃんは自分を憎んだ。

彼氏に振られたのは外見じゃなくて中身だったことに気がついたり、自分で望んで違う自分になったけど、これからどう生きていくのか全く分からず怖くなったりと、様々な感情が湧き上がってきた。

怖い、怖い、怖い、とデコちゃんは心で叫んだ。

全く違う自分に生まれ変わるとは、こんなにも重い問題を背負わなくちゃいけないことだったんだわ。

誰にも頼れず、たった1人で。



デコちゃんはあの散髪屋の前にやって来ていた。

古ぼけた店の、古ぼけた窓から、黄色い明かりが地面にもれていた。

「すみません、あの……」

デコちゃんは店の外から主人を呼んだ。

ドアが開いて、物静かに主人が現れ、こう言った。

「来ると思ったよ」


デコちゃんは主人に店内へ入れてもらった。

椅子に座り、泣きながら「元に戻してください、前のあたしに……」と言ったが、主人は自分の薄い頭をかいて、こう言った。

「申し訳ないが、不可能だ。
 自分でもどういうわけだか分からんが、いつからか客の髪を切ると、その客が別の人になってしまうらしい。
 うちにもう一度来て、その人の髪をまた切ると更に、違う人間になる。
 そこであの看板を出した。出しても、変わりたいという人間は後を絶たない。
 私はそんな自分を変えたいと願った。しかし見てくれ。もう私には切る髪がない」

デコちゃんは少しだけ笑った。

主人は落ち着いた声で言い続けた。

「私が切る客は、仕上がり間近になると眠ったようになる。多分、生まれ変わる瞬間だろう。人間は、生まれた時の記憶はないもんだ」

「あたしのような人は、たくさんいるの?」

「ああ、いる。そして時々、ここへ来るんだ。ダメな奴ほど、多く来る。
 ねぇ、きみもこう考えてごらん。きみは天涯孤独になって悲しんでいるが、これはチャンスなんだと」

「チャンス?」

「そう、人生やり直せるチャンスを知ったんだ。これをスタートとして、新たな自分を生きて欲しい」

「そんなぁ……もし、無理だったら……」

「その時はまた、ここに来ればいい。だがね、さっきも言ったように、あまり来るべきじゃない。ダメな奴ほど、人生に失敗してよく来るからね。
 私が切るのは、リセットじゃない。過去は引き継いで人の心に刻まれる。外見じゃなく、人は心で生きているんだよ」

デコちゃんは少しだけ希望が見えたような気がした。

世の中にはこのチャンスを持った人がまだ他にもいるということを知り、ひとりじゃない、とも思った。

「分かりました。今のあたしは、あたしが望んだことだもん。おじさん、あたし、いちから自分の人生、頑張ってみます。おじさんも、元気でね」

「ああ、ありがとう。君のような人が居る限り、店をやり続けるよ。変わりたいという人の為に」



デコちゃんはそれから必死で働いた。

アパートに住み、お金を貯め、友達を作り、第二の人生をやり直した。

だが、現実はそう言葉でいうほど簡単なことではなかった。


時々、無償に家族のことが恋しくなる。

そんな辛さにも耐え、デコちゃんは立派な大人になろうとした。

でもちょっとだけ、少し確認するだけでいいからと、自分の家のある場所へ向かってみた。



家はあった。

中に住んでいる人が違っていただけだった。

デコちゃんは忘れられない過去を引きずったまま、今度はあの散髪屋を覗いてみた。

が、ドアにはこんな張り紙があった。


“病に倒れた主人は、そのまま息を引き取りました。長い間ご愛顧ありがとうございました。次の言葉は、主人の言葉です。

「皆さん、人生は一度きり。これからの人生、有意義に生きてください」”



◆ E N D






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