2017
11.06

最短記録

Category: 小説


「お集まりの皆様、こんにちは。今回は、全世界の各代表者が、お互い競い合うシステムで賞金を勝ち取る、というルールでございます」

 司会者のような男が、一本のマイクを持って告げた。

 彼を囲むように、世界中から集まった、さまざまな人種の者たちが、輪になって座っていた。



「まずは、日本からお越しのタロウさん」

 と司会者が言って、タロウと呼ばれた男にマイクを渡した。

 タロウは椅子から立ち上がり、マイクで話し始めた。

「ぼくは、小さい頃から貧乏でした」

 司会者は頷き、自分の腕時計を見ていた。

 時間を計っているのだった。

「生まれた時から、父はいません」

 タロウは俯いて喋り続けた。

「何億もの借金まであったのです。それを抱え、僕と母は必死で生活してました。借金取りに追い回される日々。しかし、生きていれば何かいいことがあるだろうと、希望を持って生きてきたのです。そう、生きてさえいれば……ううう」

 タロウの頬を涙が伝った。

「そこまで!」

 と司会者が言って、タロウはマイクを返し、顔を上げた。

「それで、お母さんは亡くなったのですか?」

 司会者の問いに、タロウは涙を拭って、笑顔で答えた。

「いいえ、今のは嘘です」

「なるほど」

 と司会者は言い、ポケットから出したメモ帳に、タロウの時間を記録した。



「では、次の方。フランスからお越しの、シャルロットさん」

 マイクは金髪の女性に移った。

 彼女は最初から辛そうに、震えた声で喋り、最後はひざまずいて泣いてしまった。

 しかし、司会者は日本人だったので、フランス語は分からなかった。

 おそらく、他の国の代表者も、彼女の辛い話半分も理解できていないだろう。

 司会者は彼女のかかった時間を記録し、次の人にマイクを回す。



 その男はインドから来ていた。

 何か陽気な歌を歌った。

 そして天を仰いで、急に泣き出した。

「はい、そこまで」

 司会者は止めて、彼の背中を叩いてなだめた。

 彼はすぐに笑顔を見せた。

「今までの最短記録ですよ、おめでとう」

 と司会者は言っていた。

 しかしすぐ次の男が、記録を打ち破った。



 イギリスから来ていた。

 彼は立ってマイクを持ったまま、一言も喋らなかった。

 そして十秒くらい経ったあと、ほろりと涙を見せたのだ。

「これはすごいですなぁ。こっちまで悲しくなってきた」

 と司会者はつられて泣いた。



「すみません、あの……」

 と、手を上げたのはタロウだ。

「なんですかな?」

「あの、僕は日本代表なんです。あなたが日本の司会者だということで、お願いしたいのですが……」

「はい?」

 日本語は他の分からない人々を除いて、二人だけの間を飛び交った。

「ですから、もう一度だけ、僕にチャンスを……」

「分かりました。ですが今回は、特別ですよ!」

「はいっ!」

 タロウの手にマイクが渡った。



「よーい、スタート」

 司会者の時計が時を刻んでゆく。

 タロウは早口に喋った。

「僕はさっき、人を殺した。車で人をはねたんだ」

 タロウの話は終わった。

 目から涙があふれて止まらなかった。

「ありがとう、タロウさん。そしてありがとう、世界の皆さん。優勝者が決まりましたね。5秒という好成績だ。タロウさん。あなたですよ。さあ、もう泣かないで」

 司会者がなだめたが、タロウは喜ばなかった。

 司会者は不思議がって聞いた。

「どうしたんです。今回の、どこの国の人が一番早く泣けるかゲームに、勝ったのですよ? 日本が勝てて、私も誇り高いです」

「はい、賞金のほうに僕も目がくらんでまして……」

 とタロウは言った。

「今日、ここへ来るのに遅刻しそうになったのですが、賞金のせいで頭がおかしくなったみたいで……」

「はぁ、何を言ってるんです?」

「ですから僕は、車を急発進させ、人の命よりも、お金を選んでやってきたのです」

 司会者はタロウを見つめた。

 タロウは、

「はねたのは嘘じゃありません」

 と言って、静かに笑った。

 それは、他の代表者には分からないことだった。



◆ E N D






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