2017
12.17

月のライン 4-4

Category: 小説


「あれ、珍しいですね。昨日もいらしてたのに、連日いらっしゃるなんて」

町役場の夜間職員は、昨日と同じ時刻に訪れた、マリに向かって声をかけた。

「ええ。ちょっと相談し忘れたことがあって。難しくて、電話じゃ言えないのよ」

控えめに、マリは笑った。もうおばあさんだしね、と付け加えて。

「そうですか、ちょうど町長もまだ役場に残っておりますし、
 また応接間のほうでお待ちください」

職員に促がされ、マリは昨日と同じ部屋に入った。

打ち合わせた通り、2人の密会が始まった。

「しかし、これからどうなることでしょう。私も、頂けるものは頂かないと」

マリが囁く。町長も、そっと声のトーンを落として話した。

「ホテルがあることは、この島の宝だ。観光客頼りの、島一番の収入源だからね。
 潰れることはないだろうが、デラさまの援助なくては、心もとないな」

「おっしゃる通りで。私も、いずれは孫息子のキトに譲る身です。
 デラさまとの繋がりも、あの子に受け継いでもらうのは、少し気が重たいことですが。
 あなたは、もう打ち明けられたのですか?」

「ああ、先日、言うには言ったが。
 幻想花のことを話すと、あいつも医者の卵だ。ものすごい批判にあったよ。
 光る花びらを食べると、どんな後遺症が待ってるか分からない、と。
 さらに食べ続けると、中毒になり、どんどん花を欲するようになる。
 まあ、そのため、本土でよく売りさばけるのだがね」

町長は革張りの椅子に深く身を押し付け、さらに声を低くして言った。

「アクアアルタのため、島で花は育たないと、警察は考えているそうだ。
 デラも悪知恵の働くやつだ。
 そのアクアアルタのために、我々がどんなに頭を悩ませているか。
 それを知り、デラは引き換えに金をくれる。
 あと数十年もしたら、この島は完全に海の中に埋もれる日がくるだろう。
 それを防ぐために、金がいる」

「防水壁を建てる予算は、あとどのくらいですの?」

マリが小声で尋ねた。

この島の沖、海底に、水の浸入をおさえる壁を、建てるのだ。

それはふだんは目に付かない。海の中に沈んでいて、満月と新月の大潮になると、
壁が波の高さと一緒に浮上して、島を取り囲み、
アクアアルタから守ってくれる、という建築物だ。

町長は憂鬱そうな声を上げた。それに、マリが提案する。

「島民に、寄付を募っては。彼らもこの町の一部でしょう。
 協力して、町を守りたいと言うはずですわ」

町長は首を縦にしなかった。それには複雑なわけがあった。

アクアアルタも、この町特有の、すなわち観光の目玉となっていたのだ。

町長としては、水の浸入を防ぎたい。

けれども、そのイベントをなくしてしまいたくもない、板ばさみの状態だった。

けっきょくは、島が埋もれる前に、壁を建てる費用を用意しておかなければ、
という思いが勝ったが。

「昼過ぎ、メールボーイから手紙がきてね」

町長はズボンのポケットから、しわしわになった封筒を取り出した。

宛先だけ書かれた、普通の封筒だった。マリに手渡す。

「開けても?」

問いかけに、町長は頷いて答えた。

「ああ、ロイからだ。たぶん、幼稚なイタズラだと思うが。
 そう、たんなる脅しのいっかんだ。
 本人に会うまで、私は信じないことにしているよ」

マリは封筒を開き、中のものを取り出した。

そこには便箋は1枚もなく、かわりに薄っぺらい、小さな花びらが入っていた。

封筒と同じく、しわの線をたくさん付けて。

「これは……」

見慣れているマリには、すぐに分かった。

このふちどられた、白いライン。夜に光る幻想花だ。

いったいなぜ、どこでロイはこんなものを……。



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